宵闇堂経営記録-不定期営業-

日々起こった出来事から、気になる音楽、ゲーム、漫画に小説まで幅広く。 具体的には東方シリーズ、同人音楽(SoundHorizon、片霧烈火、霜月はるか、茶太、eufonius、etc...)等など

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 こうも思考が変わることもあるのか、という驚き。大前研一氏の「『知の衰退』からいかに脱出するか?」という本がそれであるが、おかげで前の日記のうだうだ感が吹き飛んだ。やっぱり私はもっと広い視点で生きたいと思うし、そうすべきだということが再確認できたからであろう。この本と作者の大前氏に敬意を表して、今日は少し真面目に文章を書こうと思う。なお、相変わらず非常に長くなっているので、目を通すなら時間があるときにするのをおススメする。逆に暇つぶしにはもってこいかと思われる。


 まずこの本の要旨は、「日本人の集団IQと呼べるものが低下したために、現在の日本の閉塞感や無力感が生じている」と言える。例えばテレビで納豆やバナナがダイエットに良いと言われれば翌日スーパーからそれらが消えたり、小泉元首相に投票した人々が今度はこぞって(本の出版時で言えば参院選)民主党に投票したり、何においてもまず答えを求めたがったりしている、などといった例が挙げられている。が、そんなことは分かり切っているので大したインパクトではない。


 1番気持ちよかったのは、政府やマスコミが民衆をバカだと思い、そのように扱っているということが明確に書かれていたことである。昔から「日本国民が考えないようになったのは、実は為政者からしたらその方が都合がよいからではないか」と思っていたのだが、この本はその疑問をいとも容易く肯定してくれた。先に挙げたいわゆる「郵政選挙」において「B層」(具体的なことは分からずイメージ優先で投票を行う人々)というものが想定されていたことを初めて知ったのだが、選挙で勝ちたいと思ったら当然こうするだろうな、という思いであった。この前の選挙でもその構造は恐らく何も変わっていないし、本文ではもっと昔から「B層は存在し続けていた」と書いてある。
 大前氏ははっきりと「仮に、何かの拍子で民主党政権になったとしても、3ヶ月後には『民主党は何をやっているんだ』と国民は言い始めるに違いない」と書いている。そして今現在、通常国会も始まっていないにも関わらずそのような動きになってきている。しかしこれは何も氏が卓越した先見の明を持っているからではなく、ある程度の情報を得て考えようとすれば、誰にでも分かることである。勿論、テレビと新聞以外の場所からも、ではあるが。


 少し話が政治に寄りすぎたので戻す。大前氏は「知の衰退」とはまずもって「考える力の低下」であるとしている。考える力とは文字通り「物事を自分の知識、経験に照らし合わせて判断する力」のことであるが、まずもって多くの日本人はこれをしない。それは先にも挙げたダイエットに顕著で、「手軽に痩せられる」と言えば何にでも無批判に食いつく人はかなり多い。綾小路きみまろが今も売れているかは知らないが、彼自身のネタとトークは面白いけれどもその発生源である主婦やおばさま達が無思慮に笑っているのを見ると暗澹たる気持ちになる。もし自分のことと知りつつメタ的な視点でジョークと解しているのならいいのだろうが、「自分以外の誰かの『あるある』だ」というのが本当のところではなかろうか。
 このような「思考停止」の恐ろしさは、「考えない人でも意見は持つ」ということである。しかしそれは「良い・悪い」程度の、しかも多くがテレビや新聞のみから得られる意見であって、大衆操作の格好の餌食となる。こういう人は自分で考えることをしないから、1度考えた意見はなかなか変わらない。結果としてよく分からないけど「自分は正しい」という視野狭窄に陥るのである。


 大前氏はこの原因を様々な事象に還元する一方で、その多くを教育というものに置いている。長くなるので詳しいことは省くが、「偏差値教育」こそが愚民教育の最たるものであるという指摘は刺激的だった。偏差値教育の真っただ中に居る私にとって、その有用性を疑う視点はまだ無かったからである。
 これも昔から言っているが、「勉強できること」と「頭が良いこと」は違う。にも関わらず多くの人がこの2つをごっちゃにして、「模試の結果がいいからあいつは頭がいい」などということを言う。一応京大という場所に居る私から言わせてもらえばそんなことはまったくなく、京大生でも阿呆なやつは救い難いほど阿呆であるし、地元の公立中学の友人のほうが頭が回っていたな、と思う。寧ろ小さいころから学力偏重教育に身をさらされて居た人は、最も危険な人種であろうと思う。本に即して言えば彼らは受験という特殊な環境における熟練工のようなもので、社会に出てある問題に対し様々なアプローチをとる力があるとは決して言えないからだ。


 勿論この考え方の前提には、現代がこれまでの時代とは異なり、自国だけではなく他国との様々な関わりの中で生きざるを得ないグローバル化された社会であるという考えがある。とは言うものの、私とてその実態がどんなものであるかが見えているわけではない。ただし著者である大前氏にはそれが見えていて(氏は国家レベルのアドバイザーとしてタイのタクシン元首相などに助言を行っている)、その上で提言しているという事実は汲み取らねばならない。
 氏に言わせれば、現代の三種の神器は「英語」「ファイナンス」「IT(それを駆使した論理思考、問題解決法を含む)」であり、日本人に必要なのは「自分で考える力」「考えたことを実行する勇気」「結果が出るまでつづける執念」である。が、どうやら多くの日本人ははこのどれをも所持していない。結果として集団IQが低下している上に、次世代を担うリーダーが政界にも財界にも現れていないということである。
 もちろんこれらが本当に必須の要件で、かつ日本人にまったく欠けているかというのは考えるてみなければならない。しかし、少なくとも日常感覚から言って「どうやらないらしい」というのも納得できる話である。「議論を待たねば」などと言っている間にも世界は動いていくのだから、まず自分から「行動してみる」というのは悪いことではないだろう。


 最後になるが、この本にも問題とすべき点が無いわけではない。例えばある種の古典不要論は待ったをかけるべき(ただし古典崇拝主義は確かに不要)だろうし、あまりにも明晰すぎて日本人のメンタリティには合わないという問題もある。最終目標としての日本がそこにあるとしても、あまりにも段差がありすぎて到達できないのでは無意味である。大前氏の頭の良さと日本に対するある種の愛情は非常に有難いのだが、平成生まれの私から言わせれば「それは無理だよ」ということになる。私も含め個人の力がそこまで低下していることは本当に嘆かわしいことであると同時に、氏では物事を本当に変えることはできないだろうな、という気もする。


 いずれにしても、経済、政治、教育と幅広い分野に関してこれだけの言及を行い、かつ明確な方向性を示している本は他に無いと思う。というか、あったら是非教えてほしい。まだまだ全然自分の知識として確立できていないが、もう1回や2回読むのが苦にならないと思える本は初めてである。それは恐らく、大前氏の「これくらいは分かってくれよ、頼むから」というメッセージがひしひしと伝わってくるからだろう。サブタイトルの「そうだ!僕はユニークな生き方をしよう!!」という文言からも、なるべく私たちに寄り添い、伝わるようにしようという優しさと切実さが感じられる。


 興味を持った人は、是非amazonのレビューを見てほしい。愚にもつかないと言う人も勿論居るが、それ以上に非常に感化されたという人も多い。その語り口を見るだけでも、本書がどれだけのエネルギーを持っているかが理解して貰えると思う。


 久々にこの言葉を書くが、全部読んだ方、お疲れ様でした。
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はじめまして。
サイト運営をしている者なのですが、相互リンクしていただきたくて、コメントいたしました。
下記のURLから、相互リンクしてもらえると嬉しいです。
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ご迷惑だったらすみません。突然、失礼しました。
J1xTkBuI
2010/01/16 07:43URL  相互リンクのお願い #BdFh1f3s[ 編集]


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